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子供の育成について
◆子供を育てた少林寺
 一番下のレベルで一緒に遊ぶ中から毎日毎日同じことを繰り返しやっていて、気がついたら子供と大人と同じレベルで、あるところへ行っていた・・・。身体が小さいんだから出来ないのは当たり前、できんでもよろしい。でも、わかることはわかる。それが大きくなったときに役に立つのです。少林寺が人づくりに素晴らしい効果をあげているのは、その結果だと思います。

 少林寺の最大の誇りはね、田舎の子供を育てたことである。偉い人が弟子になったというのは、確かにいいことです。けど、そこへ行く前に子供をまず捕まえたことから今日の少林寺が生まれたということを認識する必要がある。(1978年6月少年育成研究会より)


◆子供と一緒になってやっていく
  多くの在来の武道がある中で私は成功したと言われておるが、最初は何かいうたら田舎で子供を教えたことが初めです。八段の先生が大学にクラブを作ったのは、うちには例がないのですよ。みんな田舎の子供が大学へ入って持ち込んで、今日の少林寺ができたんじゃないですか。

 学ぶ奴は初めは素人なんだ。自分が三級の時どうだったか。子供の時どうであったかの自覚があるかどうかによって、年少部の指導方針が変わってしまう。「俺」じゃなく、子供の時の自分に帰って、彼らと一緒になってやっていく。私が成功したのはそれだけのことなのだ。(1978年6月少年育成研究会より)


◆子供をわかろうとしない
 子供にいうてもしようがないとか、俺たちは大人なんだなんて子供を馬鹿にしているのは大きな誤りだと思うんですね。子供は子供なりに、むしろ純粋に受け取っているかもしれない。

 大人が子供をわかろうとしないことのほうが問題なのであって、子供をわかろうとしないのに親がわからせようとするのが間違っていると思います。年少部の教育の基本として最初に申し上げておきたいのは、諸君がどんな経歴を持ち、どんな大学を出たかは忘れなさい。諸君が1歳の時どうであったかというところへ自分をもっていく。(1978年6月少年育成研究会より)


◆年少部の教育について
 子供の間は自主性なんて教えても駄目だ。赤ん坊に物を考えろいうたって、どないにもしようがない。しかし赤ん坊でも1年たつと、自分で何かしようとしかける。3つにもなると、なかなか親の手に負えなくなります。遺伝的なものは持って生まれてるからシェパードの仔はシェパードだし、スピッツの仔になんぼ食わしたって大きくはなりません。これは仕方がないが、教育して変えられるものもあるわけですね。訓練によって、ある程度変えられる。

 それを最初に決定するのは、初期の頃の人間でいえば3つぐらいまで、どうにか自らの意思で動くようになってからの3年間が大切です。だから年少部という考え方もね、本当はそれくらいの時からやらせるべきだ。小学校に行くようになってからでは手遅れだということですね。(1978年6月少年育成研究会より)


◆ただ可愛がるだけでは駄目だ
 子供は子供たちでいい。いいガキ大将になれ。弱い者いじめじゃなくて、強い者にはかみついてでも、弱い者をかばってやれるような、素晴らしいリーダーになりたいと自分でそう思うて努力すれば、必ずなれる。他人のせいや家柄のせい、親のせいにするなよ。社会のせいでもない。自分の人生を自分で歩む。

 子供には難しいかもしれんけど、そういう子供を育てるためには、お父さんやお母さんがそういう育て方をしてもらいたい。ただメクラ可愛がりに可愛がるだけでは決してまともな子は育ちません。依頼心の強い、都合の悪いことは他人のせいにして、自分は逃げ出すような卑怯者を作ります。(1979年7月帰山法話より)




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