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調布支部
勝とうとは思うなよ、だが絶対に負けるな
◆現代における無手の格闘術
 原爆の時代、大量殺戮の時代にね、無手の格闘術に価値があるなんて思うのがおかしい。人を殺すなら、もっとよい方法がいっぱいある。武術の先生なんていらんのだよ、今の時代は。金で得られないもの、勲章より尊いもの、誇りとか自信とか最後の寄りどころを自分に持てるような、人間をつくる道としての少林寺なのです。 技がもとで少林寺は始まったが、技が強いのがえらいんじゃないのです。(1975年 大学合宿法話)

少林寺は選手を作らない
  少林寺は選手を作らない。強い奴を作る必要はない。負けない奴を作ればいい。自分が得たものは友達にも教えて、早く上手になってもらって、一緒に上手になろうではないかというものを育ててきた。社会へ出して、どこへ出しても通るようなしっかりした人物を作りたい。これが少林寺の基本方針です。(1979年法話)

◆勝とうとは思うなよ、だが絶対に負けるな
 少林寺拳法なんていう技術を標榜している限り、他のやつに負けたら今日の少林寺拳法はないのですから、負ける必要はない。ただ、我々がやろうとしていることは別物だということ。精神的な強さを持たなければいけない。

 私もずいぶん喧嘩の話を書いているし、実際やってるぞ。でも負けたことがないんであって、相手をやっつけて、ざまあみろってなことはない。向こうが悪いことをしたときに、それを止めたり防いだりするだけで、そういうものを持っとればいいのだ。

 かりにブタ箱に入れられてもね、脅迫されても拷問されても、転向しない精神力のほうが重要なのと違うかな。拷問されて気絶しても、精神が参ったと言わなければ、そいつのほうが強いのです。技が少々うまいとか、瓦が3枚余計に割れるなんて、くだらんこと言うなよ。(1969年指導者講習会での法話)

◆本当に勝つには
 本当に勝つには、説得しなきゃだめだ。納得させなければ、勝ったことにならないのです。そういう意味で君たちにもっと勉強してほしい。(1969年指導者講習会での法話)




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