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拳禅一如



法門の行としての少林寺拳法
 少林寺拳法は金剛禅という法門に伝承される「行」である。そこでは金剛の肉体と不屈の精神力を養成し、よりどころとするに足る自己を確立し、その上で他のために役立つ人間になろうという、自他共楽の境地を目指す。その目的を達成するための主な手段のひとつとして少林寺拳法がある。

霊肉不二
 拳は肉体を表し、禅は精神を表す。人間の肉体と精神は別々に切り離すことができない存在であるから、どちらに偏っても真の自己確立は達成し得ない。世に言うところの精神修養は足が腐るほど座禅したり、寒中滝に打たれたりという極端な例が枚挙に暇がない。その一方で各種のスポーツや武道は勝敗主義、記録主義に陥り、特殊な肉体を養成することに専心しているかの如くである。

釈尊の説かれた中道
 釈尊は肉体を苦しめることにより欲望を滅すると言う禁欲主義と、すすんで欲望に身を任せ、ひたすら欲望を追求することが幸福の全てであるという享楽主義の両極を例に取り、人間の欲望を制御して正しい目的を与えることが大切なのであって、どちらに偏っても心の幸福を得ることはできないと説いている。
 互いに対立する存在や考え方が、それぞれに自分の立場を大切にしながら、同時に相手の立場を理解し合い、両者ともにより高い次元を目指す道こそが仏教のいうところの中道なのである。

人間は死ぬまでが修行である
 人間は環境に影響されやすい生き物であり、その心は鏡のように常に磨いていないとすぐに埃がついて汚れてしまうものである。少林寺拳法を法門の主行としてている金剛禅では、人間は死ぬまでが修行であり、常に精進を怠らぬように戒めているのである。

拳禅一如 / 力愛不二 / 守主攻従 / 不殺活人 / 剛柔一体 / 組手主体


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